昨日は成人の日で全国各地で祝賀会が行われた。
被災地では亡くなった友人の分まで頑張って立派な大人になりますとの立派な新成人の挨拶もあったが、
毎年繰り返される沖縄のばか騒ぎを引き出すまでもなく、
一般的には大人とはほど遠い親の脛かじりの青年が単に酒やたばこを堂々とやれるようになっただけ
というのが実情ではなかろうか。

毎年の風物詩 沖縄の暴れる新セイジン
暇なら自衛隊に入って被災地の後片付けをしましょうね。

被災地で友人を思い涙ぐむ新成人
大正や昭和初期の若者の写真を眺めると実にしっかりした顔をしているのに驚かされる。
別段写真館がそのように修正したわけでもないのであろうが、
皆端正できりっとしているのには隔世の感を覚える。
戦争に負けて国の安全を他国にゆだね、精神までふやけてしまったとは思いたくないが
締まらない若者の顔は戦後の教育の所産であることは間違いないだろう。
教育の再生を試みた阿部元総理は教育基本法の改正に着手し一定の成果をあげた。
大阪の橋本市長はこちらも教職員組合に牛耳られた教育現場に大鉈を振るうと宣言している。
この動きが全国に連動して日本の若者たちの瞳に輝きが戻ることを祈ってやまない。
小生は決して右翼ではないが、まん中でも左から見れば右に見えるかもしれないですな(笑)。