仙台一高23回生の集まりを年に何回か居酒屋で開催しています。

昔紅顔の美少年も今やただの禿げたおっさんに落ちぶれていますが来る連中は至って意気軒昂で、飾らない朴訥さがその特徴と言えましょうか。

今や日本に名をとどろかす仙台二高は当時は皮靴をはいたスマートな学校でしたが我が母校は破れ手拭いに弊衣破帽と下駄ばきで当時としてもアナクロの塊でした。

自分のことをボクなどと言おうものなら大いにからかわれたものです。公用語は”俺”(笑)。

昨晩は新装相成った母校の屋上に新幹線から見えるようにどでかい看板を立てようぜと言う話が、倒れてけが人でも出たら大変だという小心者の校長のせいでうまくいかない話題で盛り上がりました。

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         遠くは東京からも集まりました。幹事さんご苦労様です。

男子校から共学高になり当時とは様変わりしてしまった我が母校ですが、卒業後44年を過ぎても母校愛は変わらないようです。

最後にフレフレ一高を皆で肩を組みがなりたてて母校へのエールといたしました。
大学の同級会の盛り上がらなさを考えると高校生の時の一体感と言うのは特別な物があるのがわかりますね。

この次まで一人も欠けることなく集まろうねと言いあって別れました。