の演奏家と言えば、現代ではピアノのマウリツィオポリーニやバイオリンのギドン・クレーメル、それにチェロのヨーヨー・マなどが思い浮かぶ。

いずれも若い時から天才として世の称賛を得て順風満帆の演奏家人生を送っているのはめでたい。

しかし本当の天才は早くして天に召され、めったなことで幸せな人生を全うできないことはあまり知られてはいない。

小生のいう本当の天才とは”神童”と言うほかは表現のしようがない人々であり、残された録音も見事なほどに少ない。
まず第一は日本の誇る”極め付きの神童”渡部茂夫だ。

1996年の7月24日に東芝EMIから出た”神童 幻のヴァイオリニスト”を聴けばこの表現が誇張ではないことが誰でもすぐすぐわかる。

4歳よりバイオリンを始めた茂夫は両親の離婚により養子に出されたが養父となった季彦に厳しい指導を受けその天分を一気に花咲かす。

7歳にして初のリサイタルを開き13歳の時に来日していたハイフェッツに「100年に一人の天才!」と、絶賛され無試験でジュリアード音楽院に入学した。そこでは史上最年少の奨学生となり半額と規定されていた奨学金も全額支給されたというからとにかく別格だったのだろう。

しかし預けられたイワン・ガラミアン教授の指導方針と対立し情緒不安定となり、睡眠薬の大量摂取による危篤状態から脳障害を併発し帰国に至った。

その後は養父の献身的な介護下でほとんど社会生活も送れないままに58歳の人生を終えている。

晩年の映像はテレビでも流れたのでご覧の向きもあるだろうがほぼ廃人であった。
その茂夫の少年時代の演奏が私家盤としてレコードに残されていたのだ。

これをCDにして発売に踏み切った東芝の英断には称賛の声が渦巻いた。

もちろん営業的な打算もあったかもしれないが、これはやはり本物の芸術を後世に残そう!という”業界の魂”が働いたとしか思えない。
少年茂夫の弾くバッハを聴いてみたまえ。

何と高貴な調べであろう・・・・・・・。

貧弱な音のかなたにはそびえたつ精神の大きな砦が立ち誇っていることに、だれもがきっと息をのむに違いない。
バイオリンには様々な流派があると言われている。

養父の季彦はカールフレッシュやアウアーの理論書をひも解き独自の奏法を編み出した。
それは本当に素晴らしいものでどうして日本人が編み出せたのかは謎だが、いずれにしてもその教えに忠実に研鑚し、茂夫は大輪の花を咲かせた。
残念ながら一瞬で花は散ってしまったが記録はいつまでも人類に残っている。

他にはチェコのバイオリン奏者プシホダがいた。

こちらはパガニーニの再来と言われた神童だがSP時代の人であり、アメリカで演奏活動をしなかったので知名度も今一つだが残されたわずかのLPレコードに神童の片鱗を聴くことが出来る。

先日我が家に来宅した業者の方が持ってきたのはその極め付きの盤。

世界中でコレクターが血眼になって探しているというイタリアのCetra盤。

市価ではなんと100万円以上だそうです。

20120303

”神童”渡部茂夫とヴァーシャ・プシホダ
このような人類の遺産とでも言うべきレコードを聴く喜びは、さんざん苦労してインプラントをして”うまく行った!ああ嬉しいな~(^o^)v ”

などというものとは比べ物にならないことは火を見るよりも明らかであります。はは・・・・・