サンドイッチマンというと今では仙台出身の面白い漫才コンビのことを思いますが、本当のサンドイッチマンは戦後街頭にたくさんいた宣伝マンのことです。これらは身体の前後にお店の宣伝を描いた看板を背負い、洒落た口上で繁華街を練り歩いた人たちのことを言います。二枚の看板に挟まれた格好がまるでサンドイッチのようだったからそう呼ばれたのでしょう。昭和28年、終戦から8年が過ぎたころ吉田正が曲をつけ俳優の鶴田浩二が歌い大ヒットしたのが街のサンドイッチマンでした。ロイド眼鏡に燕尾服 泣いたらツバメが笑うだろ 涙出たときゃ空を見る サンドイッチマン サンドイッチマン おいらは街のお道化者 とぼけ笑顔で今日もゆく 。その曲の詩を書いたのが天才作詞家宮川哲夫です。生まれた年の曲なのに妙に記憶に焼き付いているのは長い間人の口に上っていたせいでしょう。悲哀に満ちた歌詞には戦争を通り抜けてきた宮川の極めて強靭な意思が刻まれています。宮川の代表作には街のサンドイッチマンのほかにも宮城まり子の歌ったガード下の靴みがきやフランク永井の公園の手品師、夜霧の第二国道、三田明の美しい十代、橋幸夫の霧氷、松島アキラの湖愁、鶴田浩二の好きだった、赤と黒のブルースがありますが宮川は若い作詞家に君は魂で詩を書いていますか?と尋ねるのが常だったそうです。

大正11年に生まれ師範学校を卒業し教師から作詞家の道に入った宮川哲夫。

都会的な歌詞に漂う哀愁を鶴田浩二は宮川ニヒリズムと呼んだ。

享年52歳。命の火を燃やし尽くしたあまりも早い死でした。