8月15日は日本が有史以来初めて外国に戦争で負けた日でした。

一度くらい戦争に負けたから何だと思うのだが戦後のGHQの巧みな占領政策により昔の日本は精神から崩壊してしまったようです。
支那大陸の奥地で戦っていた父が武装解除されてシナから引き揚げ船に乗り帰国した時に上陸したのは九州の博多で、それから昼夜をかけて、すし詰めの蒸気機関車に乗りやっと故郷が近づいたときに親切な人に

「兵隊さんおなかがすいているでしょうこれをお食べなさい。」

と言ってもらった握り飯があたりおなかが痛くてどうしようもなくなり途中下車したのが千葉の駅前。

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父もこんな恰好で千葉駅前に降り立ったのだろう。

駅の便所で用を足しホッとしていたら駅前の床屋の老夫婦に髪はぼうぼうでひげは伸び放題のところを見られ、こちらにいらっしゃいと散髪しひげをそってもらったら別人のようにハンサムな青年になったらしい。

一泊してご飯を食べた後、子供のいないその家にぜひうちの子供になってくださいと懇願されたが父は突然の話に驚いて家の両親に相談してお返事しますと言って新しい洋服と相当量のお金を持たされて故郷に帰ったそうです。

ところが家に帰ってみたら出生した兄たちはシベリアに抑留されていて稼ぎ手がいず、ヤミ米の担ぎ屋などをして家族の食いぶちを稼ぐ毎日だったため、結局床屋の老夫婦にお礼することもお返事することも出来ずに時が過ぎてしまったと亡くなる前に悔やんでいました。

父がその時床屋の養子に入っていたら小生も千今頃は千葉の駅前で床屋をしていたかもしれないので人の縁というのは不思議なものだなあと思います。

先日講演会があったおり初めて靖国神社にお参りしてきました。

特攻隊の遺書には涙が止まりませんでした。

父が無事帰ってきたから今の自分があるので命の連続を深く思わずにはいられませんね。

子供はいったいどんな人生を送るのでしょうか。