小生がまだ就学前のころ、母が近所付き合いが苦手で田舎の一軒家に住んでいたせいもあり同年代の子供たちと付き合う機会が少なかった。

貧乏公務員だった父は勤めを終えるとチョコを買ってまっすぐ家に帰ってきて遊んでくれたがそのせいか親子の情愛はことのほか深かったような気がする。

さて学校に上がると周りは兄弟がいっぱいいる競争社会の子供ばかり。

無神経な奴も大勢いたが優しい細やかな情感の人もわずかにはいて、さまざまな進路に分かれた今も生涯の友人になっている。
日曜日には粗末な弁当を母に作ってもらって皆で山に探検に行ったものだった。

山でアケビやワラビをとったり栗を拾ったり。

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熟すと果実が開くので開け実と呼んだものがアケビになったらしい。どこにもいっぱいあったが気持ち悪くて食べることはできなかった。

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ワラビ採りは爪の中まででアクで真黒になるのには閉口したが灰汁をぬいて塩漬けにしておひたしで食べるか冬に納豆汁に入れて食べたのはとてもおいしかった。

この秋に自衛隊で定年を迎えるHは自然の申し子のような男で彼からはいろいろ教わった。

川に素潜りしてウナギやアユを手づかみで取って来たり食べられるキノコの見分け方等々。

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何がいるのかわからない川岸の穴に手を突っ込んでこれをとってきた友人Hは神様かと思った。ほかにも大きなコイを手づかみにしたこともある。小学生の業ではなかった。

彼の父は山から切り出した木材を自分のトラックで運び出す仕事をしており、物心がつく前から山での経験が豊富なため自然と覚えたらしい。
何事も本から得られた知識より実地で覚えた経験の方がいざというとき役に立つ!ということを本ばかり読んでいたひ弱な自分はそのころ彼を通して学んだ。

Hには本当に感謝している。

先日の45年ぶりの同級会でも昔と変わらぬチャーミングな笑顔だった。

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どこの国でも子供時代は気の合う友達と遊ぶのが最高に嬉しいこと。
学校の勉強は本当に嫌いだった。

だから医学書を散々読んでも名人の手技を実際に身近で見るのとは比較にならない。

医師も歯科医師も上手な先生の手技をつぶさに眺め理解することが上達の早道であるのは他の分野と全く同じで、「百聞は一見に如かず」はどの国にも必ず同じことわざがあることからも、人類共通の認識とみて間違いないでしょう。
伝聞によれば今の歯科医師の国家試験は実技試験がなくペーパーテストだけ。

我々の時は実技が重視されていてこの関門を突破できねば一人前の歯科医師として国から認めてもらえなかったし自分にも自信が持てなかった。
今はそれがなく重箱の隅を突っつくようなペーパー試験だけ。
先日都内の歯科大学を子供と一緒に見に言ったが学校の説明で力を入れていたのは歯科医師の質の高さを誇るよりは国家試験の合格率の高さであった。
むかしの国家試験は国立大学は100%が当たり前で落ちるほうが難しかった?が東北大や医科歯科大でもいまはせいぜい90%ほど。

これは私立と異なり出来の悪いのを内部留保させず全部受けさせるからと言われている。

全国の私立歯科大学では在学中から国家試験対策を練ってどの大学も必死らしい。

合格率が入学志望者の数に直結するから皆必死であるのこころ(中国人みたい(^o^))
でも誰も知らない神経の名前なんて覚えて何の足しになるのでしょう??
医師や歯科医師は理科系に分類されますが要求されるのは優れた人格と論理的な思考の二つ。

どちらかといえば文科系に近い。

6年の教育の半分は人格の陶冶と実際の臨床の見学に充て、残る半分を実技に充てればいいのではと思う。
開業するときに教授に半分は変な患者だと思えと言われたと前回書いたが

身体を病んでいる人は心も病んでいることが多い。
身体も心もいやしてくれる医師や歯科医師を国民は求めているのである。