北朝鮮にさらわれた娘を救うため全国を講演して回っていた横田滋さんが老衰で亡くなりました。

日本人として誠に無念の極みですし、私自身も幾度となく募金をし救う会から立候補した増本さんを

選挙で応援したことなどが思い出されます。

 

この忌まわしい事件が北朝鮮により引き起こされてからすでに半世紀の時間が過ぎました。

日本が先の戦争で負けなければ必ずや自国の軍隊を動員し助け出していただろうと思うと、

戦争に負けるということがいかに自国民をそのあとも危険にさらすことかと思わずにはいられません。

 

それでも同じ敗戦国のドイツはNATOの一員として核のボタンを押す権利を持っている

それだけで侵略を試みたり人さらいをしようとする国は現れません。

日本も積極的に核のシェアリングを考えるべき時に来ています。

 

日本は戦後航空機の製造を禁止され自国の憲法すら外国人の手により作り上げられました。

GHQの徹底的な検閲と報道管制により戦時中は戦争賛美者であり推進者だった朝日新聞は

極左新聞社になり下がりNHKさえ労働組合の言うがままというのでは

社会の公器としての役割をはたしているとは到底言えません。

 

北朝鮮の悪事が露呈して良かったのは、それまで社会主義が人類の理想郷だ!と公言していた

社会党が拉致被害者に冷淡だったことが明らかになり没落して消えてしまったことでしょう。

それでも残党のごく一部がまだ政党名を替えて生き残っていますがほとんど取るに足らないミニ政党。

 

武漢ウイルスの後日本はどう変化していくのでしょうか。

奇跡的に死者が少なく済んでいますが、いざというときに国民に辛抱を求める強制力を持つ

新しい憲法の制定が必要であることは世界的に見ても常識の範囲だと思いますが。