野村俊夫作詞、船村徹作曲のこの名曲が発表されて全国津々浦々に流れたのは昭和33年のことだった。

この曲の2番に、戦死した兄を祀ってある九段の靖国神社に連れて行きたいと言うところが左巻きのNHKは気に入らず、大ヒットしたのに島倉は紅白で一度も歌わせてもらえなかったそうだからひどい話だ。

shimakura_20131112

この世の花、からたち日記、人生いろいろ…本当に素晴らしい歌手でした。合掌。

この曲を作った船村徹はそもそも自分の母のことを思って作った曲だったがその兄は特攻隊で戦死している。
船村氏は現在も確か遺族会の会長をされているはずだ。

国に準じて戦死した英霊を弔うのにいちいち外国(支那・朝鮮)の顔色を伺う必要はそもそもないのだが、結局はサラリーマンの集まりであるNHKは抗議運動に弱く、ことなかれ主義に陥っているのは残念だ。

亡くなった父は音程が調子外れだと言って島倉の歌は好まなかったが小生は子供心に名曲の名唱だと思っていた。

75歳で亡くなったとは女性の平均寿命よりずいぶんと短かったが、何度も悪い男に騙されて借金地獄に陥りながら最期は幸せな晩年に恵まれたのは神様がいる証拠だろう。

謹んで御冥福をお祈りしたい。

追伸 2チャンネルに世界3大千代というのがあったのでご紹介。

島倉千代子
宇野千代
千代大海