戦後に物質文明はどんどん進んだがそれに比例して日本の学校教育がどんどん良くなったのかこれは甚だ疑問だ。

というのも高校1年のころ母の弟が使っていた戦前の英語の教科書や参考書を見たことがあり、そのころは文法一つとっても非常に難しいことを教えていたことがわかりびっくりした経験がある。

弟は55歳という若さで亡くなったが死ぬまで英語やドイツ語の原書で本を読み、向こうの知人に手紙をしたためていた。

だから当時そういうレベルで学び英語教師になった人は当然ながら学校で同じレベルで教えていた。

高校の英語の教師は父親がやくざの親分だったという強面の生徒指導部の先生だったが、内容は極めて難しく助詞の説明にも長い時間を割き、まるで大学の文法の講義のようなことを昨日まで中学生だった子供たちに教えていたので予習復習が本当に大変だった。

また担任だった数学の教師は東北大学の物理を出ていたが父親を戦争で亡くし、母子家庭で生活が大変だったので母を養うために志に反して高校の教師になったというようなことを、ホームルームの時に話してくれて皆感動した記憶がある。

そのころは日本国中、職のない時代だったのだ。

授業は難しかったがとてもわかりやすく解説して概ね好評だったと思う。その後教育長になった。

倫理社会の先生は東大の哲学を出た人で、生徒の相談によくのってくださる穏やかな良い方だった。

眼光鋭いやせ細ったそのお姿はまるで哲学者のようだと誰もが思ったものだ。

だから我々は教師には相当恵まれていたことになるが、卒業生に一人の哲学者も冒険心にあふれた企業の創設者も出ていないのは残念だ。

経済的に落ち着いてきて受験競争が激しかった当時、冒険心を持つ生徒は残念ながら育たなかったようだ。

かく言う小生も立派な学者になったわけでもなく場末の歯医者で何とか喰っているにすぎない。

クラーク先生がアメリカの大学の学長を2年間留守にして北海道に来て喧嘩と飲酒に明け暮れる悪童たちをまともな生徒に教え上げ、「Boys ,be ambitious like this old man!」と言って馬上の人となり帰国したあと幾人ものお抱え外国人教師が日本へやってきたがその後も日本人はずっと外国人を手本にし追いつき追い越すのに血眼になってきた。

しかしその中核をなし人材を輩出した旧制高校は解体され、物事を多面的に考える機会を失って教育は薄っぺらになってしまった。

金儲けした奴が一番偉い今の風潮は情けない。

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多感な一時期に思索にふける余裕があってもいいですね。

子供のころ読んだおそまつくんで「ミーはおフランス帰りでやんス」と言って子供にバカにされていたイヤミはまだ戦前の日本人が持っていた成り上がり者に対する侮蔑感を表したキャラクターだったのだろう。

今は成金がもてはやされるが道徳的退廃だ。

歯医者の学会に行っても腕に金張りのロレックスをはめた若いあんちゃんみたいな歯医者が多い。

大学を出たらすぐに矯正とインプラントで大金を稼ぎ、バイト先でひっかけた衛生士と一緒になりベンツに乗るのが人生の目的としたら情けない。

6・3・3制を廃止して偉人を輩出した昔の教育制度に戻してくださいね、安倍さん。