若い時分から私淑していた上智大学名誉教授の渡部昇一先生が今日心不全で亡くなられた。

保守派の論客としてまた日本を代表する知性の持ち主として知られた方だったが、若い時に書いた「知的生活の方法」は大ベストセラーとなり、その本を読んでファンになった方も多いと思う。小生もその一人だ。最近は天皇の退位をめぐり生前退位を批判的な立場から論じておられた。曰く天皇は死して後やむ存在であると。昭和天皇も亡くなるまで懸命に公務に励んでおられ最後は本当にぼろぼろになるまで国民のために働かれた方という。ご体調がすぐれなければご公務を減ずればいいのであって、退位というのはありえないという意見であったように思う。それはともかくとして、14万冊という膨大な書籍を収納する書庫を作るために70歳を過ぎてから借金をして家を新築されたというからこれは掛け値なしに凄い。

山形の鶴岡出身で、上智大学に進んだのは進学担当の先生が焼け野原の東京を歩いて唯一上智大学だけが寄付金をよこせとか言わず「卑しくなかったから」と話していたのが印象的だった。貧しい農家の生まれでお金はからっきしなかったので、授業料を払わなくていいのは特待生になることだけ。一番になるために人を蹴落とす様な卑しい気持ちになるのが嫌で、それなら全科目百点取ればいいのだと気付き、授業は朝早く教室に行き一番前の席ですべてノートを取り、わからないことは昼休みに先生に聞きに行ったという。その甲斐あって全科目ほぼ満点で二番目の人とは総合点で百店以上の差がついていたらしい。

勉強時間がもったいないのでアルバイトは一切せず、学食でみそ汁と漬物だけの一番安い食事をし、一年中着たきりすずめで過ごし、唯一買ったものはバザーで買った古靴だけ。これもだんだん破けてきて最後はひもで縛って履いていた(笑)。

成績が一番の生徒はアメリカに留学の機会が得られるはずだったが、選考の教授があいつは身なりも悪いし第一社交性がないということで没になった。

それもまあしょうがないかなあと内心がっかりしながらも英語のほかにドイツ語も勉強していたら、たまたまドイツ語の試験の前日に神田の古本屋で買ったドイツ語の本の中にあった”インディーム”という言葉これは英語ではas a factといったような意味だったそうだがそれが出て、ドイツ人の教師になんだ君は出来るなと認められてとんとん拍子にドイツへの留学が決まったそうです。このインディームというのは日本人がほとんどわからない単語で、それをわかってドイツ語の教師が出題したのだが、渡部先生は英語とドイツ語の勉強に同じ本の二つの言語の物を買って比較しながら勉強していたのが役に立ったと言っていたから何が役に立つかはわからないものです。

念願かない東西統一前の西ドイツのミュンスター大学で英語学を勉強したが英語は高々千年程度の新しい言葉で元は北ドイツのバイキングがイギリスにわたって広めた言葉。そのため古い英語をドイツ人は読めるらしいし英語学が世界で一番進んでいたのはイギリスではなくドイツだったなどというのも渡部先生から教わった。そこで博士号を取って今度はラッキーなことにオックスフォード大学に留学出来たのだが、ドイツの留学生の時は毎日凄い御馳走で、冷暖房完備の学生寮に泊まり学生仲間の家に行くと凄い大邸宅であったのがイギリスはまるでしょぼくれていてみすぼらしい。当時イギリスはゆりかごから墓場までの労働党政権下で山猫ストが頻発し、働くよりも生活保護の方がお金がよりもらえる異常な事態だった。そこで戦勝国のイギリスなのに敗戦国のドイツに比べてあまりにもだめなのは政府が社会主義政権だからだと確信したという。

先生の話はいつも物語を聞くように面白く、時間のたつのを忘れさせてくださいました。本当に惜しい人を亡くしました。合掌。

優しい笑顔が忘れられません。

明治の実業家でこの本を読まない人は誰もいなかったという当時の大ベストセラー サミュエル・スマイルズの「Self Help」自助論。この本の中にイギリスが世界的発展を遂げた理由が述べられていた。この英語版とドイツ語版を比較してドイツ語の勉強をしていたため渡部先生はドイツ留学を成し遂げることができた。