作詞家の岩谷時子さんが亡くなった。97歳だった。

古くはザ・ピーナッツの”恋のバカンス”や”ウナセラディ東京”、岸洋子の”夜明けの歌”、布施明の“これが青春だ”、加山雄三の”旅人よ”や”君といつまでも”などなどなど・・・・・・・

数多くの歌謡曲を作ったが作品はどれも格調高く、陳腐な演歌などは一曲も作っていないのが偉い人だった。

神戸女学院大学を卒業して東宝の宝塚歌劇団に就職しそこで出会った越路吹雪に最期まで一銭ももらわずにマネージャーとして勤め上げたことは有名。

高校生のころに読んだ手塚治虫の“ぼくは漫画家”と言う本には手塚が歌劇雑誌に載せる漫画の原稿を持って宝塚歌劇団に行ったときに、机に向かって原稿を書いている岩谷さんがいたそうだ。

子供のころから文学少女だったらしい。

昔、加山雄三が東宝の映画に若大将役でデビューした時に挿入歌がないのでプロデューサーが困っていたら、、加山が鼻歌交じりにピアノで作曲したメロディーに岩谷さんが立派な詩を一晩で付けた、と言うようなことを加山がNHKのテレビで以前話していたことを思い出す。

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加山雄三の歌手としての成功は岩谷時子なしではありえなかった。

とんでもない天才だったようだが加山も小学生のころ隣に住んでいた外人のピアニストに頼みこんでピアノを猛練習していたというのも凄い。

”君といつまでも”はそのころ作った最初の曲で当然メロディーだけだが、親父の上原謙には「なかなかいね」と偉くほめられたらしい。加山も音楽の才能は持ち合わせていたようだ。

”旅人よ”は確かコカコーラのCMソングだった覚えがあるが歌謡曲らしくないその格調高い歌詞にしびれた記憶がある。

昭和がまた一つ遠くなった。