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3月23日の土曜日母校仙台一高の同級会に出てきました。
昭和43年入学の高校23回生にちなみ毎月23の日に、

同級生のやっているオンボロ(失礼!)寿司屋の二階で和やかに開催しているのです。
年中行事ということでいつもは参加者も少ないのですが、

今回は互いの消息が気になるのか10名ほど集まり盛況でした。
ひととおり各自の近況報告の後で、県南で酒造会社と信用金庫を経営している

W君から同級生のS君の訃報が伝えられました。

気仙沼で病院の院長をしていて流されたそうです。

きっと患者さんの避難誘導をしていて間に合わなかったのでしょうね。

本当に気の毒な事をしました。。。。
さて今でこそわが母校仙台一高は仙台二高に後塵を拝した形になっていますが、

私たちが入学した時は何でも一高!と言われるほどの東北を代表する名門校でした。

実際に私の母が最初に校長と面談した時に、

この学校は皆それぞれの中学で一番の生徒が来ているのですから

お子さんの成績が悪くてもがっかりしないでほしい

と言われたそうです。

勉強は大変だったけどバンカラで開放的な校風の中、

のびのび青春を謳歌できたのは何物にも代えがたい生涯の宝物となりました。

当時県下の高校に先駆けて制服自由化を行ったのはわが母校でした。
卒業後は皆それぞれの分野で頭角を現し立派な仕事をしていますが、

久しぶりに見た顔はしわが増え頭の毛も薄くなり、

紅顔の美少年だった昔を思い出させるものはありませんでしたね。(笑)

そこでは開業医と自営業を除けば皆定年間近で、

年金をもらえるようになるまでどうやって暮らすかなどの話になり、

もうそういう歳なのだなあ・・と向かいの禿げた同級生を見つめながら

感慨深いものがありました。
二次会は近くの横町の飲み屋でカラオケでしたがやっぱり定番は”月光仮面の歌”。

”七色仮面の歌”や”怪傑ハリマオの歌”が続き海底人ハヤブサやまぼろし探偵はないのか!

のひと騒ぎのあと皆呆けたようになって帰りました。

三つ子の魂百までと言いますが、皆精神構造は物心がついたころの環境に

左右されるようです。
津波で被災されたご家庭の子供たちの心には

津波の恐怖と同時に

自分の思うようにならない不便さがあっても、

皆で助け合った避難所の生活がきっと心の奥深くに刻み込まれ

コミュニティーの大切さを三つ子の魂として生涯持ち続けると思います。
しっかり勉強して、周りの人を大切にする立派な人間に育って下さいね。