小林秀雄はその昔論語には人間の知恵がすべて入ってますよと言っていた。

論語は孔子の言葉を弟子が書き記したものだが、聖書と同じように後代に様々脚色されたものであろう。

親を大事にしろと言ったのは当時年老いた親を殺して食ってしまう風習があったため

などという説もある。食人の風習があるのは人類の歴史上、シナ(中国)だけだと、文学部で日本思想史を専攻していた友人のKが話していたことを思い出す。
なにせグルメの王様が来るので自分の娘を油で揚げて食わせて褒められたなどという伝説のある国である。

いまもなお、人の命は羽根よりも軽い。

毛沢東は文化大革命で3000万人もの自国民を殺しその数倍を不具者にしたが、国父としていまだに称えられ天安門広場には大きな肖像画が飾ってある。

またギリシャの大哲学者は後世に大きな形而上学的遺産を残しいまだに尊敬されているが、その国の国民は税金も納めず莫大な負債を背負い、ヨーロッパのお荷物に成り下がっている。

こうしてみると立派な人の出る国は国が立派ではないからという命題も成り立つ気がする。

家貧しくて孔子顕る、だ。

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孔子象

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こちらは哲学者とは縁もゆかりもない、貧困から身を起こし一代で
財を築きあげ重症筋無力症で寂しく死んだ海運王アリストテレス・
ソクラテスオ・オナシス。マリア・カラスを愛人に持ちジャクリーン・
ケネディを娶った。財政難にあえぐモナコ公国を実質上買い取った
と言われる。

古典を読むことは自分の教養を高め日常を振り返ることで確かに意義のあることではあるが、その書かれた風景を想像して楽しむこともまた面白い。

忙しい仕事の合間に読む古典は人類が全く進歩していないことを教えて痛快である。