「文選」にあるこの言葉は死んだ者は日が経つにつれ世間から忘れられていき、親しかった者も遠ざかれば日に日に交情が薄れていくということだが、歳をとるにつれこの言葉の意味がしみじみとわかってきた気がする。

肉親や親しい友人が亡くなった時や学生時代に毎日会って友情をはぐくんだ者たちも日が経つにつれ悲しみや篤い気持が徐々に消えていくのを感じる。
これは人は忘れることで前に進めるからでそうでなければ精神的に参っておかしくなってしまう。

母が亡くなった時知人から自分もその時は悲しみに沈んだが今ではもう思い出すことさえ稀だよ、と慰められそんなものかといぶかったが結果は彼の言う通りであった。20年後の今思い出すことは稀だ。

それでも折に触れ思い出すのはとても個性的だった人たちで、理論は無茶苦茶だったがアメリカに連れて行ってくれてインプラントの指導を最初にしてくれたO先生や、小学校で毎日遊んでいて遠足の時に普段食べなれないおやつを食べすぎて粗相をしてしまい担任の先生のステテコを履いてズボンを洗濯してもらっていたどん平君などなど。
それとやっぱり、田舎に畑をしに行ったときに通り過ぎる小さな川で釣りや泳ぎを教えてくれた父。
短い人生の中でこれらの人を思い出すときに自分は何か人に思い出を残しているのだろうかとふと思う。

オーディオでは様々な愛好家の方とお付き合いしてきたがそれぞれ個性の強い方ばかりでなかなか真の友人関係に発展できる方は見出し方難かった。
それが最近は音の感性がとても近い方たちに出会うことができ互いの家を行き来させていただいている。
これは人生の最後に神様がくれた宝物だと思いこれからも大事にしたいと思っている。

歯科関係では中村先生は若い時から存じ上げていて今も私淑しているが今も先頭を切ってバリバリ走っておられそんな中で仲良くさせていただいているのは自分にとって本当に宝物だ。
また自分の勉強会も若手が付いてきてくれて少しでも良い治療をと前進しているのを見るのは楽しい。
いずれ去る者となってしまうが後輩の中に診療行為として残っていければ思い出していただけなくとも本望である。