江戸時代は身内や主人が非業の死を遂げた際に、使用人や親族に公認の仇討ち権というのがあった。

そのために返り討ちに会ったり、首尾よく敵(かたき)を打ち取って殿様から褒美をもらった

遺族もたくさんいたという。

しかし明治の代になり近代刑法が確立してからは、個人の復讐は禁止され、

裁判により国がその替わりを果たすようになった。

 

頭のおかしい奴に大事な人を殺された遺族は復讐に燃えてもなすすべなく、

精神異常で無罪放免もありうるから殺され損になる可能性も大という

何とも割り切れない話です。

 

評論家の呉智英は優れた文明批評家で、私塾で論語のゼミもやっている日本で最も優れた思想家のひとり。

その彼が、死刑廃止論者で一方で仇討ち権の復権論者でもあるところが面白い。

 

国により不当に奪われた個人の権利を国民の手に取り戻せ!(笑)とその著書で力説しています。

 

京都アニメーションの放火殺人事件を引き起こした男は通常なら間違いなく死刑だが、

めちゃくちゃな凄い弁護士がついて精神異常の訴えをして認められればいつの日か無罪放免になる。

こうなると遺族の怨念の晴らされる日は永久に来ないことになる。

 

呉智英の論に従えば、遺族は一人一杯ずつのガソリンを湯のみに入れて犯人にぶちまけ、

火をかけることで犯人を処罰し、本懐を遂げるということになる。

 

目には目をのハムラビ法典が現代によみがえる日は残念ながら来ることはない。