若い人は知らないだろうが、その昔インプラント学会は開業医主体であった。

インプラントは大学ではまともなものとみなされず無視されていたからである。

そのため日本全国の地方のボスたちが若い歯科医師を集めて覇を競っていた。
今から見れば笑止千万なものも多く学問的にはてんでカスだったが、押し出しの強いキャラクターで結構な勢力を誇っていたしいまだに残党もいる。

みんな白衣を着ていなければやくざ者のようだったと言えばいいすぎか?
今でこそインプラントは歯科治療で最も予測できる治療などとおだてられてはいるが、ブレード、骨膜下、サファイアなどのいい加減なインプラントが一世を風靡した時代もあったのだ。

ただしそれも一世風靡セピアで、今は物笑いの種にしかなっていない。
最近そんなボスさん達が次々と世を去って行っている。

新聞記事を見るにつけ時代の変遷をしみじみと感ぜずにはいられない。

大学のバイト先として作った診療所で当初は歯科医師会に加入せず仕事をしていた小生は周りの古株からは”ツッパリ”などと陰口をたたかれていたが、その小生にして間もなく還暦である。年月が経つのはあっという間です。
小生が最初に教えていただいたO先生もその中の大ボスで、アメリカの学会にご一緒した時は周りの白人たちがひそひそ声で「あいつが日本のボスだ・・・」などと話していたのを覚えている。

ゴム手袋が嫌いで素手で手術をしていたので患者の肝炎に感染し早死にしてしまったが、浪花節的な人間で大好きな人だった。昭和は遠くなりにけりと言ったところだろうか。

母の亡くなった歳まであと3年となった。