高校生までの自分のヒーローは手塚治虫だったが、大学に入って断然、田中美知太郎に替わった。

田中美知太郎は京都大学哲学科の教授でギリシャ哲学の専門家だが、深い学識と洞察力で当時の社会を的確に分析し文芸春秋の巻頭言を毎月書いていた。

ギリシャ哲学の権威だったので今も本屋に行くと彼のギリシャ語の入門書が手に入るのはなんだか嬉しい。

「古典学徒の心情」という本を愛読本にしていたのは今から30年以上も前の話だが最近再び対話集などを読み返している。
これはイスラムのことを調べていて小室直樹の名著「イスラム原論」を読んでいたらやたらに福田歓一が出てくる。

福田は東京大学の政治学の教授で講演内容が難しすぎるので理解した学生が二人しかいないなどと言われた人だが、その名著に「政治学史」がある。

これは特段難解な本ではなくアマゾンで取り寄せて読んでみたらどうもイスラムを理解するのにはギリシャ哲学まで遡らねばならないということになり否応なしに田中美知太郎先生の出番となった。

黄色に変色した昔の本を書棚から引っ張り出して読むのは懐かしいと同時に、当時の社会状況が蘇り不思議な気持ちになる。

大学を卒業して36年もたつが当時と比較しても知識量は増えたが知的レベルの向上は見られません。(笑)

でも渡部昇一先生は80歳になってからラテン語の辞書を丸暗記したそうだからこれは別格としても、訓練次第で記憶力や知的能力は維持できるようです。

今日は診療の合間にヘロドトスの「歴史」を読んでいました。

それによると古代エジプト人は丸坊主にして頭の毛を剃っていたので太陽を浴びて髪が良く生育し禿がいなかったそうです。(笑)

髪の毛が薄くなってきたら(もう遅いかもしれませんが)思いきって坊主頭にするのも良いかもしれませんね。

ちょっといい話でした。