3月11日の大震災から一月と一週間経って被災地の大きな瓦礫の撤去は

自衛隊と米軍の獅子奮迅の活躍により予想以上の進捗状況です。

米軍は肩に「トモダチ」という言葉を張り付けて海兵隊の精鋭部隊を送り込み、

持てる力のすべてを投入して日本を助けました。

涙が出るほどに本当にありがたいことです。予備自衛官の方にも御礼申し上げます。

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一方お隣の韓国はどさくさにまぎれて日本固有の領土竹島を自国領にすべく

軍基地を建設しようとして日本外務省の猛烈な抗議を受けました。
また日ごろ”日中友好”をうたいパンダを一頭一億円という途方もない金額で日本に貸し出して、

お人よしの日本からしっかり稼いでいるチャイナはあろうことか

尖閣列島で自衛艦のわずか90メートルに異常接近して示威行動を行い

すきあれば尖閣諸島を乗っ取らんばかりの勢いです。

こんな国難の時にだれが本当の友かはその行動を見れば

どんなに鈍感な民主党員でもよくわかりますよね?(笑)
チャイナ関係では福島の原発事故以来日本在住のチャイニーズが先を争うようにして本国へ帰国し、

なかには日本で生活保護までもらっているチャイナ出身の母親が子供を置き去りにして逃げ帰る!

という信じられないような例がたくさん見られたと産経新聞に書いてありました。

いずれも理由は判で押したように”親戚に不幸があった”、で大いに笑わしてくれました。
さて、震災で多くの人が亡くなり毎日被災者の報道を目にしていると・・・・・

人生の意味について深く思いを寄せるようになるのは自然なことなのでしょう。

一般にこんな時にこそ心のよりどころとしての宗教が多いに力を発揮するものなのでしょうが、

報道で知る限り我が国の宗教会が率先して何か行動を起こした!というような形跡は

残念ながらありません。
我が国の仏教は葬式仏教と揶揄され続けて久しいのですが、元をたどれば明治の初めからでしょう。

それまで戒律で妻帯肉食を禁じられていた僧侶が明治5年の太政官布告で結婚が認められ、

その結果あらゆる俗世の誘惑に取り込まれたのであろうと思われます。

その結果寺の目的は”寺を維持すること”になり幼稚園経営に駐車場経営、そして法外な戒名代

と経済一辺倒に傾いていくのです。新興宗教は更に!です。
二年前の4月8日に父が亡くなった折、寺の坊主に法外な法名料を要求され驚いた経験があります。

聞けば日蓮宗の東北総本山なのでブランド料だというのです。

”ブランド”と聞いて本当にたまげましたが、値切ったら一番位の低い戒名にされてしまいました。はは。。。

寺がルイヴィトンやグッチ並みだとはそのときまで知りませんでしたね。

4月8日はブッダの誕生日(甘茶祭の日)でしたが創始者自身はインドから遠く離れた日本で

よもや教えがこんなふうな形式宗教になってしまっているとは知らないでしょう。。。。

仏教の堕落がここまで進んでいるとは身内の不幸があるまで知らなかったのですが。。。。
考えてみると夜の繁華街で”羽振りのいいのはスキンヘッドの坊主だけ”だ

としばらく前から言われてはいました。

さて仏教の創始者ブッダは宗教をどのようにとらえていたのでしょうか。

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早島鏡正博士の「ゴータマ・ブッダ」や田上太秀博士の「仏陀の言いたかったこと」を読むと

ブッダ(仏陀)とは菩提樹の下で真理を悟り「目覚めた人」となったことをさしているといいます。

またゴータマ・ブッダのゴータマは「最良の牛」という意味で家の名に相当する名字だそうです。

ブッダはよく知られるように名家に生まれましたがすべてを捨てて出家し、

真理を得たのちに乞食のいでたちで全土を説法の旅で放浪し、80歳で亡くなったといいます。

彼の思想は極端な苦行を戒め、中庸の徳を説くものであったそうです。

出家したものは男女、貴賎、年齢、財力の多寡を一切問わない進歩的なものでした。

出家者は外界から喜捨以外の一切の交わりを絶ち真実の自己を求める毎日であったと

思われます。
また出家とは日本仏教のように頭をクリクリにするだけの形式的なものではなく、

俗世間と一切の関係を断つことから自分を外界の誘惑から遠ざけるものだったのです。
日本の葬式坊主や説教坊主どもとは本質的に全く異なる孤高の存在ですね。

亡くなられた多くの魂がブッダの導きにより天国に行きますようにと。。。。。

不信心者の私ですが心よりの祈りを捧げたいと思います。。。(合掌)