戦時歌謡の傑作に我らがテナー藤原義江が作曲し歌った討匪行という歌がある。

戦後生まれの自分は加藤登紀子のアルバムの中で知ったが素晴らしい歌です。

 

戦時中シナ大陸で日本軍はゲリラの匪賊にさんざん悩まされたが、

それを追って戦う兵士の苦労を哀切のこもる詩と曲で表現したものとしては

あの”戦友”と並ぶ傑作。

 

”戦友”には「友を背負いて道なき道を」とあるが、こちらは「どこまで続くぬかるみぞ」で始まる。

 

どこまでつづく泥濘ぞ 三日二夜を食もなく 雨降りしぶく鉄兜

 

歩兵は歩けなくなったら最後で死ぬほかはない。

南方ではマラリアになって動けなくなった兵隊が次々と手りゅう弾で自殺した。

戦友の足手まといになりたくないとの思いからで、想像すると本当に涙が出る。

シナ大陸では飢えと寒さの中これまたバタバタ倒れて死んでいった兵隊が大勢いた。

 

10年前に亡くなった父はやっとの思いでシナ大陸から帰還できたが、

従軍中飢えには相当苦しんだようだ。

食料調達に農家に買いに行っても何もなく、農民はわずかばかりの小麦粉を

大鍋に沸かした湯に入れて一日一回だけ家族みんなですすっていたと言っていた。

農民は信じられないほど貧しく哀れで

戦後シナ大陸が共産主義になった理由が良くわかる、と生前話していたのを思い出す。

 

そのシナ発、武漢コロナウイルスのおかげで世界中が息をひそめている。

 

たった一言でいいからごめんなさいと世界中に謝ったらどうかね。集金ペイさん。

共産党は絶対に過ちを認めないし抗弁し責任転嫁さえするのは日本も同じ。

 

今更アメリカがウイルスを持ち込んだなどとデマを流してもだーれも信じませんよ。

 

共産主義と言う悪魔がいると昔誰かがそういった。

 

今日もまた世界はどこまで続くぬかるみぞだ。

軍歌は嫌いだったが歌詞の中に”敵にはあれど亡骸に花を手向けてねんごろに”

とあるのを見て軍部依頼の詩に作曲するのを決断したというエピソードがある。