オーディオを趣味としてから40年近く経っている。

その間にとっかえひっかえした機器は数知れず。

大学に残って教授を目指すか外に出てオーディオの道を究めるか一時期悩んだが結局オーディオの欲望に負けて今の自分がある。
バブルのころは儲かりそうだと国内ほとんどの電機メーカーが参加してきた。

ナショナルのTechnics、サンヨーのOtto、東芝のAurex、日立のLo-D、三菱はDiatone、シャープのOptonica、NECはNECそのままでしたか。
他にオーディオの御三家と言われたトリオ、サンスイ、パイオニア。

景気が悪くなると同時にそれらはほとんど撤退するかつぶれるかして国産の火は消えました。

学生時分に高根の花だったそれらの機器もいまはネットオークションでばか安い値段で売られています。

誠に日本人は熱しやすく冷めやすい。

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日本のオーディオ御三家と言われたトリオ(のちのケンウッド)、サンスイ、パイオニアトリオは得意の高周波技術を生かしたチューナーが人気だったがアンプも音は良かった。
山水は漆黒のパネルのアンプで大学生協では断トツの人気。
パイオニアはDDプレーヤーのPL1200が大人気だった。

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遅れてオーディオ市場に参入したNECはCDプレーヤーであっと驚く縦型を発売。
音も良かった。
とにかく重いプリメインアンプは重低音で同価格帯のアンプを圧倒し駆逐した。

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変わり種の製品が多かったビクター。
カセットデッキはここだけが右側ビルトインタイプ。

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最後までパッとしなかった日立が日本のスピーカー史に名を残した傑作HS500。

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日本のオーディオ史に燦然と輝くヤマハの傑作スピーカーNS1000M(モニター)
スェーデンの国立放送局に採用された初めての日本のスピーカーだった。
小生も長く愛用していたが医院の改装時に預けていたオーディオ店のトンマがどこかになくしてしまい今は聴けなくなったのが残念!

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いまは亡きナショナル電気のオーディオ部門テクニクス。
音軸をそろえたリニアフェイズの素晴らしいスピーカーを作ったが販売店で重ねて置けずクレームが多発して市場から撤退したのは惜しい。

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オーディオ最盛期は鳴かず飛ばずだったシャープ。
撤退後10年たって突如、超高額デジタルアンプを発表して皆の度肝を抜いた。
音も相当に良かったらしい(聴いたことがないのでわかりません)。

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とにかくソニーは良く売れた。
カセットデッキは開発者だから市場のほとんどを独占した。
ソニーのデザインはあか抜けていてすっきりした”ソニーデザイン”として多くのマニアに支持された。

震災直後にあれほど騒がれた”絆”キャンペーンも今は静かなもので被災地の瓦礫もほとんどが手つかずのままである。人のうわさも75日を地で行っている。

さて小生は稼ぎの大半をオーディオにつぎ込んできたがピアノもバイオリンも演奏できない人間としては音楽の神様との対話が自宅で出来ると思えば安いものだと思っている。

でもほとんどの人にはご理解いただけないでしょう。
講演会やメールを通してご指導いただいている渡部昇一先生は奥様が桐朋学園大学一期生。

お子様たちを音楽家に育てました。

そのころ大学の教員の給料がいくらだったかは知りませんが高が知れたものだったでしょう。

それでも子供が本物の音楽に触れるためにと数千万円の借金をして、高価な楽器を買い与えたそうです。
同じ音楽でも一万円のバイオリンとストラディバリウスでは演奏される音楽の深みが全く違います。
これと同じことがオーディオ装置にも言えるのです。

自作で安く同じものが作れると思ったら大間違い。

自作派の人の音はずいぶん聴きましたがどれもぎすぎすして潤いのない音でした。
本当のクラシック音楽の深淵をのぞいたことのある伝統を持った国の人が作るそれが本物のオーディオ装置。

アジアの新興国日本人にはその辺が理解できません。
特性にこだわって作っていてもどこかずれているのです。
ずれたこだわりは本質を見誤るのですね。
オーディオからは人生の本質を教わってきた気がするのです。
高々6~70年の人生。
決して高い買い物ではありませんでした。