大企業のサラリーマンは9連休の人もいると言うのでうらやましい限りですが、零細歯科医院の小生のところもちょっぴり4日間の盆休みを取らせていただきました。

最初の一日目は仙台駅裏にある父母の墓参りと遠く祖母の眠る墓に一日がかりで出かけました。

祖母の墓は暑い山形の新庄市。

昔は一代で豪商になった祖父が立てた立派な墓も今はほとんど訪れる人もいません。

触るとやけどしそうな暑い墓石に水をかけ、線香を立ててお参りしてきました。

新庄と言えば月末には勇壮な山車が市内を練り歩く新庄祭りがあります。

子供のころは夏休みの最後に必ず母と来たものです。

夜店ではブリ子と言ってハタハタの卵を醤油で煮たものを新聞紙に包んで売っていました。

ハタハタは今や高級魚ですが、昔は卵だけ取って身は畑の肥料にしていたそうですからもったいない。

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                  今年の新庄祭り

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噛むとガムみたいで皮がとても硬く美味しいとは思わなかったが名物です。
ハタハタの卵を乾燥し醤油で煮てありました。新庄祭りには欠かせない食べ物でしたが今はあるのかな?

新庄は盆地なので冬は雪が深く夏は極めて暑いところです。

冬は屋根の雪を家の前を流れる側溝(と言っても極めて大きい!)に流し、夏は打ち水をして涼を取っていました。

皆あの暑い夏を扇風機だけでよくすごしたものです。

貧しい母子家庭から丁稚奉公の辛酸をなめ一代で豪商にのし上がった祖父はアイデアマンでした。

そのころだれもやらなかったお客を招待旅行に連れていく車中であっけなく死んでしまいました。

心臓まひです。

きっと小さいころからの働きずくめの人生で心臓はボロボロになっていたのでしょう。

息子が4人いましたが旺文社の模擬試験で全国二番目になった優秀な長男は商売ができず、莫大な遺産を食いつぶし自身の父と同じ55歳の若さで死んでしまいました。

母は遺産を貰わず公務員の乏しい給料で私を育て上げてくれたので生活は大変でしたが、他人に頼らないのはだれにも気兼ねしなくていいので気楽でした。

お盆の季節はいろいろと昔のことを思い出すものです。