東北の沿岸を襲った未曾有の大震災から早くも6年過ぎました。当日は小雪の降る寒い午後でした。診療中に激しい揺れを感じて治療を中止し、暫く待ちましたが固定電話どころか携帯電話もまったく通じません。ワンセグでテレビを見ると凄い津波が沿岸部を襲っていました。でも実感はありません。患者さんをしばらく待合室で休ませた後、外の安全を確認して帰しましたがこちらは夕方まで待ち2時間半をかけて家まで歩いて帰りました。街中の電気は消え信号機も停止状態の中、整然と車の流れは進んでおりました。日本人はパニックになりませんね。これぞ教育の程度の高さです。帰りの道すがら眺めるとコンビニに長い人の列があります。レジも動かないので店員は大変だったことでしょう。満天の星空を眺めながら家にたどり着くとろうそくでお出迎えでした。電気がこれほどありがたいものだとは気が付きませんでした。幸いなことに仙台中心部は翌日から電気も水道もガスも来ましたが、交通の便が悪くスタッフも患者さんも来ることができません。自分の車は向かいの回転駐車場から出せないので家内の車を歯科医師会館において歩いて診療所まで来ました。一人で掃除をしながらもう仕事は出来ないなと思ったものです。それがしばらくすると交通機関が回復し、福島からの避難民の方が大勢インプラントにお見えになりました。やっと先生のところに来ることができましたとおっしゃられたのにはまいりました。なんだか人の不幸に便乗しているようで申しわけない。人生はいろいろあるものです。人間万事塞翁が馬。人生はあざなえる縄のごとしです。今不幸な方も必ず幸せになりますから時間を待ちましょう。絶望は歓喜の母なのです。

この世の地獄のような光景にただただ呆然としました。沿岸部から大分離れた場所でしたが。